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06「発酵のあるくらし」



振り返れば学生時代は自分の「変」な部分に翻弄されて毎日疲弊していたなぁ。


お若い読者の方でこんな苦しみのさなかの方がいらしたら、

大丈夫よと抱き締めたいくらい。




学校生活が人生のほぼ占めていると感じて、

そこが苦しくて呼吸すら辛いほどの方がいらっしゃるかもしれない。

学校を卒業したら解き放たれ世界が広がると想像し一層不安が増したり、けれど待ち遠しいような…

多かれ少なかれみんなが漠然と不安を抱えながらも毎日同じ顔触れで集う場。

もろくも壊れそうなバランスで、触れ合い寄り添い離れぶつかりながら。


だからこそ一生の仲間とも成り得るのだけれど。


もう何もかも投げ出してしまえたならなと思いながら、

結局時間通りに家を出て登校する自分は勇気がないのか意志が弱いのかと鬱々としていた。




環境が変われば私は変われるのか。


そんな想像の中の未来で自由を広げて、心ここにあらずの学生でしたが、今、幸せに暮らしていますし

仕事もあります。


向上と均一という矛盾を求められているように感じていた学生時代に

野性的な部分は不要というか、圧し殺すべきことに思えていたのですが。


そう捉えたのも自分の心だった訳で、今は一変し「変」な「野性的」な面に重きを置くことこそが

私が生きることなのだと思うほどだ。




野性とアナログは近い。


心の中ではアダムとイブ、いや古代の日本人はこんなときどうするかなと想像するのがお決まりである。

そうは言いながらも携帯ひとつでなんでも調べ、お風呂に水洗トイレ・・・


特に洗濯機の存在にはもう技術革新に感謝で涙しながら恩恵にあずかっているのですが、

4児の母でありながら車には乗らない私。


初任給など注ぎ込み30万かけてマニュアルを取得したにも関わらず

一昨年あっさり返還してしまった。


顔付きの身分証としては便利かと更新だけはしてきたのだが、

それすら不要に思えてしまって。

で、買いだめや、困ったから買い足すなどというのは私の暮らしにない。


発酵食は私にとっての作りおきであり、薬箱でもある。


そうなると、もう食材や薬を選ぶ労力、すなわち成分表示やら消費期限を手放すことが叶うという訳。




私は結婚11年絶えず妊婦か授乳中、今も後者の現役なので

何を口にするかをずっと自分本意のみでは決断できない身である。


起き抜けの白湯に今日は醤を数滴加えよう、

気温差が激しいから胃腸がお疲れぎみだから乳酸キャベツを食べよう。


こんな具合で病気知らずの11年、主人には強靭だと笑われるが

自分の暮らし方に納得しているから、揺るがない部分があるのが強みなのだと思う。




科学的根拠ではなく、○○に効くんだってさ、の世界で生きる私は

効能ではなく実践していること自体に安堵して生きている。


また、考えたくはないが震災などが起きても冷蔵の要らないこれらを作りおくことで

幾ばくかは食い繋げる自負があるのは


「こどもの命を守るべき存在である親業」

での不安が和らぐ。


母としてのこんな大義を担ってくれる発酵は偉大であり、

偏った観念ではなくそこには自然界の思し召しを感じずにはいられない。


腐るはずのものが一層美味しく栄養価まで加わるなんて

自然の摂理とは本当に不思議である。